試し読み【マーメイド☆メロディ】

あらすじ

――歌が大好きな、声を失った人魚と家族を失った人間の物語――

 

ある日の出来事から、自分そっくりの少女が地上で歌う姿を目撃する音街ウナ(Sugar)は、その少女に会うため、海の魔女に人間になりたいと告げる。

「後悔しないと、誓いますか?」

魔女の言葉に、ウナは誓った。誓ったはずだった。絶対に、後悔はしないと……。

 

足を手に入れ声を失ったSugarと、両親を事故で無くしたSpicyが歌う、笑顔と幸せの物語。

そして、始まる前から始まっていた、二人の運命の物語――。

 


 目をあけると、そこは海中だった。揺らめく景色の中、動かない体は、下へ、下へ、沈んでいた。
 みたことのある光景だった。
 苦しい感覚はなかった。これはきっと、夢。記憶が作り出した、夢。
 水の中の光が消えかかったころ、きれいな長く青い髪をした、少女をみた。少女は歌っていた。だけど、少女の声は聞こえなかった。
 少女の足がないことに、少女の下半身が鱗をもつ魚だったことに気づいたところで、目が覚めた。

 

   ♪ ♪ ♪

 

「地上?」
「そうそう!ウナちゃんは地上に行ってみたいと思わない?」
 学校の友達から、そんなことを言われて、私はそれからずっと、こうして海底に仰向けに寝っ転がって、外の世界について考えていた……。
 どんなところなのだろう……? 人間には、足がついていると聞いたことがあるけど、一体足とは、どんなものなのだろう?
 でも、地上に行くことは危ないことだと周りの大人はみんな言う。
 人間は私たちのような人魚を珍しがって、何をするかわからない。人間は恐ろしい武器を持って、大陸の奪い合いをしている……とか、人間は人魚を一人でも見つけたら、街を探し出して破壊するかもしれない……とか。
 そんなようなことを気難しく、親も、先生も、皆が言う。
 そんな、昔からの噂や言い伝えが、今でもこうして、根付いているみたい。
 海の外どころか、数年前から町の外にだって行くなと言われている。
 どうしてこの町の人は、頑なに町の外へ出ようとしないのか、わからない。
「んーーー!」
 私は考えているうちに、色々難しくなってきたので、伸びをして目をつむった。そして口を大きく開けて声を出した。
「ら~ららら~♪」
 歌を歌うと、心が落ち着く。どんなことを悩んでいても、こうして歌を口ずさむとすべて忘れてしまうくらいに。
 私が歌を歌うと、お魚たちが私の歌を聞きに集まってくる。その光景を見るたびに、嬉しくなる。 私の歌で、私の歌を聞いて喜んでくれる。
 だから私は、歌うのが好き。大好き。
 そのまま私は、眠りについてしまった。

 

『あ~……』
 ん……?ここは……?
 目を開けると、波に流されたのか、知らない景色が広がっていた。
 日の光が、水中を伝わって私のもとにまで届いていた。
 とはいってもまだ海の底なので、暗闇に混じっているだけで、目がなれると、そのまぶしい光はそれほどまぶしいと言える光ではなかった。
 なんだか、不思議な気分。
 日の光なんて、初めて浴びた気分だし、でも、懐かしい感じもした。
『……あ……あ~~』
 ふと、声が聞こえたことに気が付いた。
 この声は、私……?
 上から聞こえる。それも、ずっと上のほうから。
 私の体は、自然と、その声に近づくように、上へ、上へ、自分の意識とは別に、海底から遠ざかっていた。
 さっきまではかすかに暗闇の中に混じっていた小さな光が、だんだんとまばゆい、大きな光へと変わっていた。
『あ~ああ~♪』
 ……歌っている?
 泳ぐスピードは、ますます早くなり、自分でも何をしているのかよくわからなかった。
 自分の体が海上へ向かっていることに気が付いたのは、日の光がさらに熱くなって、暗闇からほとんど抜け出した時だった。
「まぶしい……!」
 思わずつぶやいて、戻ろうと、そう思っていた。
 でも。
 私の体は、下へは行かなかった。
 この歌声を、もっと近くで聞きたかった。この声に導かれるがまま、私の体は、いつの間にか……。
 バシャン!!
 日光の光が照り出す中、私は空気の味を知った。
――外の世界を知った。
 今まで見ることのできなかった景色を、こんなにも簡単に、こんなにも平凡に、知ってしまった。
「あ~~♪」
 声が、透き通るようなその歌声が、さらに上の方から、空の方から、聞こえる。
 見上げると、崖の上に、一人、少女が立っていた。
「足・・・」
 思わずつぶやいた。その少女の足はとてもきれいで、その立ち姿に、わたしは目を奪われた。
 だけど、何よりも驚いたのは、その少女は、私だった。
 いや、自分のことをみてそういっているんじゃなくて!
 私そっくりだった。その少女の印象と私の印象は対称と言っていいほど違っていたけど、私にそっくりな顔立ちだった。声だって、私の声のよう。
 なんだか、懐かしさを感じた。それがどうして懐かしさを感じたのかはわからないけど、私は、前にあの子をみたことがあるのかな?
 あの子に会いたい。
 あの子のことを知りたい。
 あの子の歌をもっと近くで聞きたい。
 あの子のように歌いたい。
 空の上から歌う歌はどんな景色なのかな?
 海の上には、どんな景色が広がっているのかな?

 いつの間にか、私は人間になることしか考えられなくなっていた。

 

   ♪ ♪ ♪

 

 海の町は、私がさっき目が覚めたところとそれほど遠くはなかった。
 私は忍び足で町に戻り、家に帰った。
 そしてすぐに、家にある色々な資料を漁っていた。
 その中の、薄汚くボロボロな本を取り出した。
 「海の魔女?」
 その本には、いろいろな海の魔女に対することが、細かくかかれていた。
 海の魔女は私たちを色んなものから守っているとか、海に昔から住んでいる、とか。
 私には文字が多すぎてとてもすべて理解できるような内容ではないけど。
 で、その中で、私が一番食いついたのは、ある一文だった。
『海の魔女は遠い昔人魚を人間にしたことがあると言われている』
 人間に!?
 海の魔女は、人魚を人間の体にしてくれるの?
 海の魔女に会えば、地上に行くことが、あの子に会うことができる?
 それを思っただけで、私はいてもたってもいられなかった。
 資料を夜中まで漁りまくっても、海の魔女の居場所はわからなかった。
 翌日、学校の友達に聞いても、皆が口を揃えて「わからない」と言う。
 少数の友達からは「やめときなよ~」と冗談半分で言っていた。

 

「海の魔女って…。そんなの都市伝説みたいなものよ? 信じてるの?」
 ママからの言葉が、私を絶望へ導いた。
 海の魔女なんて、いない……?
 ただの作り話だった……?
 魔女が使う魔法なんて、なかった。
 私は、自分の部屋で、いつのまにか、涙を、拭いていた。
 それほど、地上に行けることを願って、期待していた。一目惚れしたあの景色を、あの景色で歌いたい。そしてあの歌声をもう一度聞きたい。
 そんな夢は、一瞬にして、消え去ってしまった。
 私って、いつまで子供なんだろう……。

 気がついたら、また私は海底に寝そべって、歌を歌っていた。
 歌を歌えば、すべて忘れられるはずなのに、楽しくなるはずなのに、なんで、なんで涙が出てしまうの?
 私は海水と混じりあった涙を拭きながら、立ち上がった。

 

――お願いします。私をどうか、どうか人間にしてください。

 

 誰に願っているのか自分でもわからなかった。でも、こうやって願ったら、きっと、願いは叶うと思って。
「お願いします。私を人間に―」
「どんなことが起こっても、人魚に戻りたいと願わないことを誓いますか?」
 え?
「……誓いますか?」
 その声は、どこから聞こえてくるのか、私に儚げな声でささやいてきた。
 私はいつも歌を歌うときみたいに、目をつむった。そしてささやきの言葉を思い出す。
 人魚に戻れなくても、何があっても、私は。
「誓います。私は人間になりたい。お願いします。もし、どこかにいるのなら。願いを叶えてくれるのなら。私は私の何を犠牲にしても構いません。お願いします」
 そう答える。正直に、そう答える。
 私は、目をあけた。
「……っ」
 さっきまでは海底にいたはずなのに、私の視界には真っ暗な部屋が広がっていた。
 何もない。あるとしたら小さなテーブルの上にろうそくが一本だけ。
 確かにここは水の中のはずなのに、火がついていた。小さな灯火が、水の中で揺らめいている、異様な、幻想的な光景だった。
「ここは、人間の住む『陸』と、人魚の住む『海』の狭間。『陸』と『海』を繋ぐ場所」
 真っ暗な部屋の奥から、紫がかった真っ黒なフードを深く被った少女が現れた。
 顔は全くみえない。真っ暗な部屋だから、なおさら全く。
 彼女はろうそくの後ろに立つと、「こちらへ」と静かに私をみてささやく。
 私は言われるがまま、ろうそくの目に立った。
「私はあなたの探していた、海の魔女です。」
 海の魔女。
 魔女と言うからには、昔から絵本に出てくるような、おばあちゃんを想像していたけれど、思ったより子供で、というより想定外だった。
「あなたは、人間になりたいのですね?本当に、何が起こっても、後悔はしませんか?」
 魔女は、慎重に、高い声を無理に低くして、もう一度私に問いかけた。
「はい。さっき言った通りです。私は自分の意思を変えません。だけど一つだけ――」
「そのまっすぐなところ、本当にそっくりですね」
 え?
「わかりました。では、私はあなたを人間にします。覚悟はいいですか?」
 私は深くうなずいた。

 

(うぅ)
 気がつくとそこは、私が海であの子をみた、崖の上だった。
 熱い。肌が燃えるように熱い。太陽の光を浴びているせいか、地面も、空気も、暑くて熱くて、私はなんとか日の陰に隠れようと、自然に立ち上がった。
 足があることに気がついたのは、このときだった。
(私に、足がある! 足が!!)
 とにかくその足を動かそうと、動かすことを意識して、足を前に出そうとしたのはいいのだけど、どっちの足からどうに動かせばいいのかわからなくなって、ついには頭から転んだ。また立ち上がろうと、体を起こしてみたものの、さっきのように自然に立つことが出来なくて、
「っ……!」
 崖から足を踏み外してしまった。
 海上までは数十メートルあるこの崖から、私は足を踏み外してしまった。
 まだ、あの子にも会っていないのに、この場所で歌ってもいないのに、私はあっけなく死を迎えてしまうの・・・?
 そう思った瞬間、諦めかけた瞬間に、現れた。私の前に、私そっくりの女の子が。
 前髪に金色のメッシュの入っていること、髪を左右に縛っていること以外は、ほぼ私と同じといっていいほど似ていた。
「絶対手を離すなっ!」
 その子は崖から足を踏み外した私の手を、思いっきりつかんで、必死の様子で私を持ち上げようとしていた。
 この手は、離しちゃいけない。
 私も負けないように、強くつかんだ。強く握った。 その手は私をぐいぐい引っ張って、ついには命を救ってくれた。
 崖の上に上がると、彼女は疲れたようすでふー。と息をつきながら言った。
「なんであんなところにいたんだよ。もう危ないから近付くなよ。歩きづらそうだったけど、足けがでもしてたのか?」
 あの子だ。私が人間になったら一番会いたかった『あの子』は、私に一番に会いに来てくれた。もちろん、偶然なんだろうけど。
「毎日ここに来てて正解だったよ。足にけがは特になさそうだなあ。家はどこ? 一応家までおぶっていくよ?」
 彼女は、凛々しい笑顔をみせて、私に背を向けた。確かに彼女は私と同じくらいの歳だろうけど、何のけがもしてないのに運んでもらうのはやっぱり、気が引けるなぁ。
 それに、家なんてないし……。
 私はとりあえず、お礼を言おうとして口を開いた。
「――っ!」
(あれ……!?)
 声が、出ない……?
 ありがとう。と、何度言おうとしても、口が開くだけだった。出てくるのは息だけ・・・。
「どうした?」
 彼女は私に向きあって、不思議そうにしている。
 私はなにも言えずにいた。感謝の言葉さえも、今の状況さえも、なにも言えなかった。喉が枯れた訳でも、緊張しているわけでもない。確実に、ただ単に声が出ないだけだった。
『本当に、何が起こっても、後悔はしませんか?』
 さっきの魔女の言葉が頭の中でよみがえる。

 

――私は、足を手にいれる代わりに、声を失った。


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